No.72 栄養供給を助けて深い睡眠へと導く薬性
現代医学の現場では,不眠症に対して催眠・鎮静作用のある睡眠薬または精神安定剤を適用することがごく一般的です.しかし,医学の基礎である生理学の視点から,良い睡眠を得るには,そのための条件を整える体内の態勢をとらなければなりません.体内の器官が心身の盛んな活動に適した態勢をとっているときに,脳を人工的に抑制して睡眠に導くのは,強引で無理な治療になってしまいます.
心身をゆっくり休ませて,各組織に栄養素を供給してゆったり回復させる態勢が,睡眠に適した体内の態勢です.本来であれば,人体の日内リズムによって,夜間などは,この休養態勢に移行する仕組みが自然に働いて,容易に深い睡眠へと導かれるはずです.ところが,寝つきが悪い・眠りが浅い・目が覚めやすいなどの不眠症状が慢性的に続く場合は,何らかの原因で,休養態勢に移行する仕組みが自然に働かなくなっていると考えられます.
「酸棗仁湯」は,不眠症に対する模範的な治療法を体現する生薬配合を持つ漢方処方です.主薬の「酸棗仁」は,酸味に特有な収斂・保護の薬性で,身体組織の消耗を防いで栄養供給を助け,心身を落ち着かせる「滋養安神」の薬効の代表生薬です.さらに,「知母」は,苦味に特有な抑制・安定の薬性で,体内器官の機能亢進を鎮め,「川芎」は,辛味に特有な発散・疎通の薬性で,心身のリズムの失調のもとになるストレスを解消し,総合的に休養態勢への移行を助けて,深い睡眠に役立ちます. .
<大熊俊一 オオクマ トシカズ>
1980年 東京薬科大学卒業。薬剤師試験合格。
1981年 同大学第2薬化学教室助手。
1982年 同退職後、研究生。
1987年 同大学に学位論文を提出し、審査・試験に合格し薬学博士を取得。
1991年 有限会社大熊薬局代表となる。
掲載紙名:両毛新聞(3ヵ月に1回)(No.47までは月1回)