No.53 生命維持の原動力を鼓舞する処方
日本で現在も剤型を様々に変えながら汎用されている「八味地黄丸」は,漢代(3世紀)の張仲景という医師が考案した処方で,元来の名称は「腎気丸」です.「腎」は,現代医学的な腎臓だけでなく,泌尿・生殖・内分泌・基礎代謝・免疫の機能まで包括する,恒常性維持・自己保存・生命維持の器官系を表しています.「八味地黄丸」の主な目的は「腎」系に不足した「陽」を回復することですが,基盤を整備する意味で,その反対の「陰」を補う6生薬を主要成分として組み込んだ処方構成が特徴的です.
「補腎滋陰」という薬効を整備する6生薬は,「熟地黄」・「山茱萸」・「山薬」の3補薬と,「沢瀉」・「牡丹皮」・「茯苓」の3瀉薬からなります.この薬効の意味は,宋代(12世紀)の銭仲陽という医師が6生薬を「六味地黄丸」という独立の処方にしたことで初めて明確に認識されました.補瀉とも「腎」系に作用するのが共通で,心身の態勢を自律調節する「肝」と,飲食物を消化吸収する「脾」にも補瀉に作用する生薬を配して,甘・酸・渋味と温熱性の3補薬の滋養・補益・保護の薬性と,淡・苦・辛味と寒涼性の3瀉薬の排水・抑制・浄化の薬性により,ゆったりした休養態勢で蓄えられる組織の栄養と潤い(「陰」)を穏やかに「腎」系に整えます.
「益火助陽」という薬効を生む少量配合の成分は「附子」・「桂枝」です.辛味と温熱性の2生薬の鼓舞・振奮の薬性で「少火」を燃やす効果により,「腎」系から湧き上がる盛んな活動態勢を支える機能の力強さ(「陽」)を回復します.
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