No.55 生命力を回復する公式になった加味方式
「八味地黄丸」は漢代に考案され,後に様々な加減方を派生させた「補腎薬」の原点と呼ぶべき処方です.漢方における「腎」の働きには,成人に至るまでの身体の発育と成熟,生殖器系能力の発達,老年期にまでわたる基礎代謝・身体骨格・器官組織・体液組成の恒常性維持を担う基礎的機能が含まれます.このような「腎」の働きの原動力を生み出す「精」の蓄えを回復するには,動物由来の「鹿茸」などの加味が格段に効果的なことが後に認識されました.歴史上最も早く「八味地黄丸」に「鹿茸」を加えた代表処方は宋代の「十補丸」です.この処方の特徴は,「精」の消耗を防ぐために「五味子」がさらに加えられていることです.こうした加味方式は,現代の進歩した「補腎薬」である「参馬補腎丸」の構成にも受け継がれています.
「補腎助陽」という「八味地黄丸」の薬効は,甘・酸味の「熟地黄」・「山茱萸」などを主薬に,辛味・温熱性の「附子」・「桂枝」の少量の配合で生じます.滋養・補益の薬性に振奮・鼓舞の薬性を配合し,組織の栄養状態を整えつつ「腎」機能の活発さを補います.「参馬補腎丸」では,補益と鼓舞の薬性を併せもつ「淫羊藿」・「海馬」などが代わりに多く配合されています.
「補腎填精」の薬効を加えて「十補丸」とするため,鹹味の「鹿茸」と酸味の「五味子」が加味されます.「参馬補腎丸」中の「鹿腎」・「肉蓯蓉」にもある鹹味の濃厚な滋養の薬性と,「竜骨」・「補骨脂」にもある酸・渋味の固摂・保護の薬性の加味が「精」の蓄えをしっかり回復します.
←「No.54 体液の恒常性維持を助ける漢方処方」前の記事へ 次の記事へ「No.56 「人参」と「蛤蚧」が配合された「補腎薬」」→