No.70 糖尿病の改善の条件を整える生薬配合
金代(12世紀)の医学書を原典とする処方に「麦門冬飲子(ばくもんどういんし)」があります.適応症は,多飲・多食・多尿・消痩の症状を起こす「消渇」という病症で,現代医学的な糖尿病に相当すると考えられています.著者である劉完素は,人体の様々な病症を悪化させ改善を阻む「熱」の要素を重視し,寒涼性の生薬を処方に多用したことで知られ,「麦門冬飲子」の配合にも,その考え方が反映されています.
「麦門冬飲子」の配合生薬のうち,「麦門冬」・「五味子」・「人参」の組合せは,同時代に考案された「生脈散」を構成する3生薬と一致し,「消渇」の病態にともなう「陰虚」と「気虚」を改善するための基本構成です.「陰虚」は休養態勢を支える仕組みの弱まりによる,各組織に蓄えられるべき栄養素や水分の消耗,「気虚」は活動態勢を支える仕組みの弱まりによる,エネルギー産生の減退と解釈されることから,この処方は,糖尿病のマクロの病態に対応し身体を守る基本構成をもつと言えます.
さらに,「麦門冬飲子」には「葛根」・「栝楼根」・「知母」・「生地黄」が配合されています.寒涼性が共通で,甘・酸味・潤質の生薬の滋潤の薬性で「陰虚」の改善に寄与し,病態を悪化させる「熱」の産生を抑えます.また,「胃」・「脾」・「肺」・「腎」の各臓腑に作用して,昇浮・沈降・保護・補益の薬性で,飲食物から栄養素と水分の消化・吸収,全身への供給,代謝・排泄に至る全過程の順調な流れを回復することで,糖尿病を改善しやすくする条件を整えます.
<大熊俊一 オオクマ トシカズ>
1980年 東京薬科大学卒業。薬剤師試験合格。
1981年 同大学第2薬化学教室助手。
1982年 同退職後、研究生。
1987年 同大学に学位論文を提出し、審査・試験に合格し薬学博士を取得。
1991年 有限会社大熊薬局代表となる。
掲載紙名:両毛新聞(3ヵ月に1回)(No.47までは月1回)